数日前に発生した、スキーツアーのバス事故のこと。
私には、東日本大震災に匹敵するほどの、大きな衝撃でした。
スキーに行くための数時間のバス移動で、なぜ若き学生たちが、こんなにも犠牲にならねばならなかったのでしょう。

亡くなられた若者たち、それぞれの大学に入るために、どんな過程を経てのことだったか。
大学に進学した我が子に対し、親ごさん方は、どんな眼差しを注がれていたのか。

学生にとって、「割安のツアーをいかに探すか」ということは、一種の美徳であって、それに対し、予定の行程と違うルートで運行したバスは、どんな理由があってのことだったのか。
亡くなられた学生がた、そのご家族、そして、運転手のご家族…。
どの角度から考えても、まったく暗澹たる気持ちに陥ることです。

一休禅師(あるいは仙崖和尚)の言と伝えられる、禅の有名な逸話があります。
信者の家の新築祝いに「何かめでたき言葉を…」と所望された折、禅師が記したのは、
「親死 子死 孫死」
という言葉だった、というものです。

「死」と三度も繰り返す、書かれた者にしてみれば、一瞥、誠に不吉な、何がめでたいのかと、怒りを覚えるような言葉です。
しかしながら、この世は、誰かが誰かを見送らなければならぬ定めで、親の旅立ちを子が見送り、子の旅立ちを孫が見送り…という、順縁による別れを迎えられることが、どれだけ貴く、どれだけ有難いことであるのか、そして同時に、その逆の縁が、どれだけ悲しく、どれだけ耐え難いことであるのか、改めて学ぶのです。

不慮の事故で亡くなられた学生さま、掛け替えなき愛児を突如失われた親ごさまに対し、ただただ、深い哀悼の意を表すものです。
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