「お心の中で、過ぎた一年を振り返ってみてください…」

今年を締めくくるご法事。
読経を終えての法話で、予定外のそんな語り出しの言葉が、咄嗟に口をついて出たのでした。

それは昨年の暮れに、十代のお子さんをなくされたご夫婦が、近しい親族と共に営んだ、一周忌法要においてのこと。

(精魂こめてご供養申し上げることしか自分にはできない…)
そんな気持ちで臨んだご法事。
西方浄土に届けるつもりで、声の限りを尽くしての読経を終えた後、どんなご法話をするべきか、頭は真っ白で、何も考えられぬまま、とりあえずお話を始めたのです。

「今日を迎えるまでの約一年間、三百数十日の日々、お子さんのことを思い出さぬ日は、一日たりともなかったことと思います。
ぐるりと巡った四つの季節。
吹く風、降る雨、積もる雪、咲く花、夕焼け、名月、落葉…。
移ろう自然の、どんな風景を見ても、その中にお子さんの面影が、必ず浮かんだことでしょう」

感情が高ぶらぬよう、そして、取り乱さぬよう、静かに、ゆっくりとお話を進めたのですが、私とさほど変わらぬ年頃のご夫婦の、一周忌を迎えるまでの歩みに思いを馳せますと、つい涙腺がゆるみ、声が震えてしまうのでした。

「もしも人の人生に、足跡がつくとしたなら、ご両親が歩んでこられた、この一年の道に刻まれているのは、ご自分一人だけの足跡ではないと思うのです。
心の目で見ると、そこには、ずっと寄り添い、並んで歩いていた、もう一つの足跡が、きっとついている、そう思うのです」

私の心に浮かんでいたのは、旅立たれたお子さんが、お父さん、お母さんに寄り添いながら、一緒に歩いている姿でした。
そのお顔は、辛そうでも悲しそうでもなく、なぜか、とても穏やかで、年齢は若いのに、誠に慈しみ深いのでした。

「どうか今日は、歩き続けてきた、一周忌までの日々を、立ち止まって、静かに振り返ってください。
そしてご自身の歩数と、ぴったり並んでついている、もう一つの足跡を、黙ってただ見つめてください」

「その時、自然とお心に宿る言葉、心の耳に届く声が、おひとり、おひとりに、きっと現れることです。
その声は、申し上げるまでもなく、お旅立ちから一年を経た今日の、お子さんからの言伝(ことづ)てです。
どうぞそのお言葉を、大切にお心に抱いて、新しい年へと、歩をお進めください。
ご両親、そしてご親族皆さんの、この一年の歩みを、心から尊敬いたします…」

そうお伝えし、法要を終えました。
それから私も、心の中で振り向いて、自分が歩いてきた一歩一歩を見つめてみると、私の人生に刻まれている足跡も、一人分だけではないのでした。
歩数も歩幅も一緒の、もうひとつの足跡が、そこには並んでついていて、そのことはこの歳末の、大きな発見でありました。


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新春第一号は1月10日お届けの予定です。
どうぞよいお年をお迎えください。
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