カバンに入れ常に持ち歩いているアイデアノート。
B5版7ミリ径30行40枚の、何処にでもある大学ノートで、ひらめきや気づき、思いつきがある度に、とにかく何でも書きつけておき、法話や原稿の素材としています。
現在持ち歩いているのが平成27年のNo.4ですので、季節にほぼ1冊のペースで、ノートは積み重なってまいります。

ノートの表紙には、「○年○月~△年△月」という日付とノート番号、そして、その時期のメインテーマとして「肝に銘じている言葉」が記してあります。
現在のノートに記してある言葉は、
「自分が不幸になることには、一秒たりとも、自分の頭を使ってはいけない!」
というもの。
健康食品販売で、納税額日本一を続けられた実業家=斎藤一人(さいとうひとり)さんのお言葉です。

心配症で非・楽天家の私なのですが、ここ最近は、この言葉に叱咤激励されつつ暮らしており、〈取り越し苦労〉の癖が出そうになる度に、
(イカン、イカン、こんなことに、自分の頭を絶対に使ってなるものか!)
と、思考の切り替えができるようになりました。

強度ネガティブ思考の私が、何故そうした切り替えをできるようになったかと申しますと、斎藤さんのご著書より、
「不幸としあわせの正体」
を教えていただき、その考えが、とっても“腑に落ちた”からなのです。

斎藤さんは言います。
「不幸とは感情、しあわせとは意志だ」と。

《人間っていうのはね、ほうっておくと、“心配なこと”とか“不幸なこと“とか、マイナスな考えが心に浮かんでくるようにできているんだ。どんな人でもそうなんだよ。“心配”とか“不安”は、もともと人間が生きるための防衛本能で、“人間を守るため”に備わっているものなの》
(『齋藤一人、世界一幸せになれる七つの魔法』PHP文庫)

人間は、何もしないでいると、心に心配の種が、次から次へと湧き出るように出来ているのだ、というのです。
だから、よく「私は心配事や良くないことを、つい考えてしまって…」等というけれど、それは単に「自分の感情に流されている」だけで、実は「何も考えようとしていない」から、自ずと不幸・不安な感覚に陥るようなのです。

では一方、しあわせとは何か?
《しあわせの正体は“自分の意志”なんだよ。オレはね、自分で意図的に“しあわせのほうへ、しあわせのほうへ”考えるクセをつけてるんだよ。しあわせになるには“意志”が必要なの。“意志”って、人間がしあわせになるための“舵(かじ)“なんだよ。湧きあがる感情のままにしていたら、心配や不安で、不幸なことばかり考えてしまうのを、自分の“意志”でしあわせのほうに“舵”をとる》
(前掲同書)

なるほど、なるほど、であります。
取り巻く現状や出来事が、自らの願望のとおりで、何も考えなくても幸福感を得られる状況、などというのは、本当に数少ない気がいたします。
「こうなれば幸せ、ああなれば幸せ…」といった、いつ訪れるかしれない、外的状況の満足を待ちわびているうち、光陰は矢のごとく過ぎ去ってゆきます。
ポツリと一人、人生に置いてきぼりにされぬよう、私には「自分が不幸になること」などを、考えているヒマは一切ないのでした。

《ほうっておくと湧きあがって来る“感情”に流されていて、しあわせになんてなれないよ。しっかりと、自分の“意志”を持って、頭も心も体も全部使って、しあわせのほうに向かうんだ。しあわせを、どこかから降って湧いたように起こるものだと思っている人には、絶対にしあわせは起こらない》(前掲書)

「日々是好日」という有名な禅語がありますが、「来る日も来る日も、人生すべてが平和な良き日」などということはあり得ないわけで、客観的に「好日」ではない日であっても、己の内的力によってエイヤ!とそれを「好日」にしてゆくのが、この禅語の眼目だと考えます。
同様に、心配の種ばかりを心に撒こうとする己がいたならば、
「何も考えずに生きておる怠け者!」
と叱咤し、心の軌道修正をしてゆこうと思います

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